公判までのあらすじ

第一回模擬裁判の様子
 被告人は埼玉県にする24歳の大学院生であり、研究の対象は「硫酸と物質の溶解時における化学反応と反応熱」であった。被告人は1998年大学院に入学し、昼夜を問わず研究に明け暮れていた。その影響か不眠症になり、夜中に騒ぐことが多くなった。そのため、家族の勧めもあり、(模擬裁判の証人である)精神科医長瀬宗一郎のもとに通うことになった。さて、長瀬医師は家庭での会話が無かった事、家族の時間を共有できなかった事、長時間の勉強等の種々の見地からみて、1998年の5月13日に被告人をノイローゼ(精神神経症)と診断した。その後、被告人に対して同医師は、7回の診断を行うとともに、脳波やMRIの検査も行ってもいたが、同年の8月に被告は通院をやめた。これ以後、被告人は一家族との交流をほとんど持たなくなり、翌年1999年5月3日以降、本件の連続殺人事件を起こすこととなる。  被告人は①1999年5月3日、村一というスーパーの店員を撲殺②8月1日にはアンケートの協力にこたえてくれたお礼として温泉旅行に招待するという口実で6名を集めて殺害③9月13日には小学生の数増君を誘拐し硫酸入りのドラム缶の中に入れて殺害④10月14日になって酩酊状態のサラリーマンを自動車に乗せて、縛り上げ濡れた和紙をかぶせ窒息死させ⑤11月5~11日には男女一人ずつを勧誘し男に対して女を殺さなければお前を殺すと言って男に女を殺させ、その後にもその男も餓死させ⑥2000年3月5日にはAVコードで同級生を考察⑦13日の金曜日である10月13日にホームレスの心臓を生きたまま摘出して殺害した。そして、その直後被告人は逮捕された。  被告人の行った連続殺人事件については、事実において争いがない。果たして被告人の責任能力の有無の判断は如何に?  魅惑の果実シリーズ第四話「堕天使の微笑」より  
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